「孤独」と「孤立」の違い

今回のFEBC特別番組 シリーズ「共に生きる」では、精神科医の濱田秀伯先生に、
このコロナ禍の中どう生きるか、特に「孤独」へどう向き合うべきか、というお話をお聞き致しました。

「孤独」や「孤立」にどう対応していくかということですが、実は私たち、孤独になってみて初めて出来るということもあると思います。…そしてドイツの哲学者のマックス・シェーラーは「私たちは孤独ではあるが、孤立してはいない」と言っています。

「孤独」と「孤立」この2つの何が違うのでしょうか?
濱田先生は「この言葉は、私たち一人ひとりは孤独ではあるけれども、一人ひとりが直接神と繋がっている、イエス・キリストが私たちのすぐそばにいてくれるからこそ、孤立してはいないという意味だと思います。」と語られます。

コロナ禍のこの状況です。外に気軽に出歩けない。会いたい人にも会えない。
否応なく私達は分断され、世界中の人が孤独を味わい続けています。

しかしそうであっても、これは「孤立」ではないのですね。
一人のようだけれども、本当は一人じゃない。
この私と同じようにして苦しんでいる人が、距離を隔ててもどこかに存在し、
何より主イエスこそが、この痛みを知り、共にいてくださっている…

濱田先生はこの事実を踏まえて、
番組の後半に3つの生活のアドバイスを挙げてくださいました。

孤独の中で、しかし「共に生きる」生き方を歩むためのすべ。
ぜひ、共にお聞きください。


FEBC特別番組 シリーズ「共に生きる」
濱田秀伯(精神科医・日本精神医学史学会理事長、「六番町メンタルクリニック」医師)
第三回 心の中の空洞で神と語らう
聞き手:長倉崇宣

聴取期限4/2
(約35分)
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