だから、大丈夫!

Sr.岡の「だから、大丈夫」 
Sr.岡立子(けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会会員)お相手・長倉崇宣
10月11日、25日(水)放送「全ては『たまたま』の導き」

FEBC月刊誌2023年10月記事より

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—シスターにとって奉献生活者とは何でしょうか?

 修道生活って、朝昼晩に祈りの時間が特に刻まれていて、忙しさの中に忘れていたことを思い出すんですね。それは、神様の栄光が小さい者を通して現れるあのマリアのマニフィカトであり、それは東方でも西方でもこれが神の民の祈り。だから、何をしたかが問題じゃないんです。それをした時の自分の心の中の動きがどうだったか。それは、神様がどんな大きな業をなさるのかな~と、ちょっと客観的に見ながら、自分の心を神様の心に合わせる。それが一番難しいんですけどね。
 そして私たちは毎日典礼の中で御言葉を、朝昼晩聞いてますけど、やはりその基準となるのは御言葉ですよね。ただ、それってイエス様が十字架に向かって歩いておられるのに、弟子たちは誰が偉いかとか話したあの場所だと思っているんです。イエス様は「まだわからないのか」って仰る、私たちの「わからなさ」加減です(笑)。だから、どんなにジタバタしても私たちは神様の愛の海の中に、神様の愛の川の中にいる。ある方は「シスターの霊性は、『たまたまの霊性』です」って言われていました。私もそう思います。


—たまたまの霊性ですか?!では、そんなシスターは、どのように歩んでこられたのですか?

 中学から短大までいわゆるプロテスタントの無教会派の学校でした。ただ、私自身は洗礼を受けるほどの興味はなく、卒業後は普通に就職し、なんとなく20代のうちに自分が全く知らない場所に行きたいと思って、会社を辞めてイギリスに行きました。それで「たまたま」ホームステイした家がカトリックだったんです。そこのお母さんがすごい熱心で、毎週「教会に行かない?」って言われて。まあ、ずっと行かなかったんですけど。

 でも次の年の元旦、たまたま雪が降ったんですよね。朝起きて窓開けたら、もう真っ白。美しい雪景色でした。で、その時、なんとなく「教会に行ってもいいかな」って言ったんですよ。それはもう彼女の方が驚いたくらいで。
 それで行ったら、神父様が説教で、「キリストを信じる者は、他の人のためにも苦しむことができる」と話をしたんですよ。私にとってすごく新しかった。宗教って自分の幸せのためみたいなイメージがあったからです。それからミサに行き始めて、「叩きなさい、そうすれば開かれる」っていう聖書の言葉が、自分に言われていると思ったんです。
 そして受難週の聖金曜日に、あぁイエス様は私のために命を捨ててくださったんだってことが急にわかったんですよ。こんな惨めな私を救うために、イエス様は十字架にかかったんだって。それで人生始まって以来というほど泣きましたね、本当に。

 その家庭のお母さん、メリーも、その時は何も言わなかったんですけど。その後、彼女が親しくしていた神父様に紹介してあげるから、一度話してみたらって言われて。
 そのジョン神父様は半信半疑で、こちらの家にいらっしゃったんですね。だって、東洋から来た若い女の子が、突然洗礼を受けたいとか言い出したのですから。それで神父様から「どうしてですか」と尋ねられたんです。でも、私もわかんない。私は正直に答えました。「私にもわかりません」って。「でも、私、教会の中で、聖書が読まれたときに『探しなさい。そうすれば、見つかる。門を叩きなさい。そうすれば開かれる』っていう、その言葉を聞いて、門を叩きたくなったんです」って。その扉の向こうには何があるか、全然わからない。でも、叩きたくなったんです。ただ、うまく説明できなくて、私は泣き出してしまった。でも神父様は「毎週土曜日に私のところに来てくださいね、お話しましょう」って言い、帰り際に一言メリーに「聖霊の働きを感じます」と仰ったそうです。その後洗礼を受けて、日本に帰ってきたんですね。


—本当に神様のイニシアチブですね。

 はい。だから私から見ると、たまたまなんです。(笑)その後、多くの「たまたま」によって今あるんですね。

 (文責・月刊誌編集部)

 


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